老害は認識の差

2019/08/12

最近、老害が社会問題化しています。老害とは高齢者の行動や考え方が今の時代とズレが生じて起きる様々な問題です。キレる老人とも言われています。

人は誰でも年を重ねていきます。気持ちは若くても物理的に年を取り老いていきます。
年長者を敬う、子供のころは幼稚園や学校で「お年寄りを大切にしましょう、優しくしましょう、敬いましょう」と教わりました。

もちろんそのことに関して異論はありませんが、敬うイコール高齢者は偉いということとは違うと思います。もしかすると、その辺で高齢者と若者の認識の違いがあるのかと思うのです。

認識とは価値観を意味します。育った環境や時代が違えば考え方だって違って当然ですが、困ったことに老害をやらかす高齢者は、必ずと言っていいほど自分の価値観を相手に押し付けてくるのです。価値観というものは自分に課すもの。相手に強制するものではありません。
特に男性の場合、会社勤めのころに何らかの役職に就き、いわゆる「偉い人」でいた場合、退職後もただの人になれず、会社の外でも偉い人だと勘違いして周りに対して高圧的な態度をとる男性は多いものです。会社人間だった人ほど地域の自治会や町内会などのコミュニティに参加することが苦手とする傾向があるようです。

高齢者は人生の先輩です。もちろん、高齢者でなくとも他者と接するときは相手に敬意を持って接するのが礼儀です。
ですが、相手から「尊敬しろ」と強制されても尊敬することはできませんよね。見習いたいと思わせる所作がそうさせるもので、自発的なものです。
高齢者全てが老害を生み出す存在ではありません。お互いに柔軟な気持ちで接することが出来れば互いの知識の幅も広がるのです。